【buy恩人ガリレオ先生】最新情報
- ■更新情報
- 12月16日
- ブログの方で、Z会寺西様よりコメントいただきました。
- ご参考までに、日本のトップの大学の文系学生の数学力−学力調査(PDFファイル)
- 12月7日
- 【buy恩人ガリレオ先生】私立文系数学選択に関する所感 追加
- 【受験buy恩人】適齢期認証サービスとしてご提供してまいりました
お馴染みのガリレオ先生とそのご友人の「帝都大学へのビジョン」 - 2009年2月よりの独自販売では、多数の皆様にすでにご購入いただいて
おりましたが、内容がますます充実し、2009年11月5日よりは、より広い
場で一般公開販売されることになりました。 - 【受験buy恩人】では、引き続き同サービスは継続いたしておりますので、
何卒ご安心くださいませ。
ただし、「ジャンルは問わず」はそのままといたしましたが、
マニュアルに購入額制限を設けさせていただきました。
何卒ご理解の程よろしくお願い申し上げます。 - 「魔法のサポート」は付きませんが、ガリレオ先生への質問権は付いています。
- 約600ページの壮大なボリュームとして「勉強法」・「帝都大学への数学」・「数学脳への導火線」
の3部構成で一式まとめられており、さらにバージョンアップ・追加がされていきます。 - 脳に記憶を定着させる「重ね塗り」のメカニズムを知れば、あなたの勉強は劇的に変わるでしょう!
- 「帝都大学へのビジョン」詳細は、下記の事務局ページよりご覧いただけます。
私:
「いただいたメールを見ていると、【帝都大学へのビジョン】も、あまり友達には教えたくないみたいですよ。」
ガリレオ先生:
「そりゃぁそうだろうね。だから、【buy恩人】のアクセスはすごく多いのは知ってるし、
お勧めもあって一般販売もしているけれど、たかだかしれていると僕は思ってるよ。
受験生の総数からすれば微々たるものだろうけれど、それでいいんじゃない?」
【buy恩人ガリレオ先生】メッセージ
人は僕のことを「ガリレオ先生」と呼ぶが、
僕はただ論理的なものを愛するだけ・・・
僕は、非論理的なものに興味は無いだけ・・・
僕は人にものを教えることはできない。
できることは、相手のなかにすでにある力を
見いだすこと、その手助けである。
そして、僕は、何も学びとることがないほど
無知な人に出会ったことはない・・・。
僕は、時として、非論理的なものに
とても弱い自分を見つける・・・
「こころ」という非論理的なものに
なぐり書きという手法で第三者に説明することは、
僕にはいたって合理的な手法であることをご容赦願いたい。
論理的であることは、それだけで美しいのだから・・。
↓お気に入りに追加して頂ければアンケート結果の確認に便利です!↓
【buy恩人ガリレオ流】−帝都大学シリーズ−
最近、なんだか【buy恩人】の看板ページにもなりつつあります。
とみに「帝都大学」の検索からご来訪の皆さまが多いようです。
ありがとうございます。
当コーナーは、数学を素材に
偏差値が並みか並み以下の高1〜高2生へのきっかけ作りを意識して
立ち上げたコーナーです。
ここで言う「帝都大学」とは、皆さんが希望する大学(高校)と捉えてください。
運営しておりますと、生徒諸君や親御さんからご相談のメールが結構舞い込みます。
いろいろお答えしている中から生まれたものが「帝都大学へのビジョン」です。
「成績が伸びない」「やる気がしない」などの源流を辿りますと、
いくら良いノウハウを与えても伸びない原因が、根強く残っていることが伺えます。
もちろん、正しい勉強方法を知らずに、「努力」や「真面目さ」だけでどうにも
ならないことによってモチベーションが低下している場合もあるでしょうが、
ほとんどの場合は大元の動機付けが出来ていないことにあると見受けられます。
そこのところのサポートを周囲がしてあげないから、本人もムダムダ時間を浪費
しているだけというところが多々見受けられます。
ただ、この部分をクリアーにしさえすれば、多くの子が帝都大学に進むことが
できるでしょう。
実は、人の差というものはそこだけから生まれてくるものなのですから・・・。
それが故、【buy恩人】では、
帝都大学へのビジョン→ゴールに向かって自分と向き合うエクササイズ
→帝都大学へのビジョン実践 という大元をサポートする構図が必須だと確信しました。
この前提がクリアーされた時点で、初めて勉強法ノウハウも生きてくるものです。
塾通いもその例外ではありません。
数学のセンスに関しましては、言葉だけではなかなか伝えきれるものではありません。
しかし、数学は言葉で理解しないとそのセンスが養われないのも真実です。
本当は、紙以上のニュアンスを多くの豊かな言葉で語る現場が必要です。
言葉に変換するという作業が、やがて無意識の言葉=イメージに変換する
という合理化につながり、自分なりのセンスとなって進化していくはずです。
「帝都大学へのビジョン」一式の内容的な概略は、事務局ページでご覧いただけますが、
下記に、付属資料の内容をご紹介させて頂きます。
■【buy恩人ガリレオ流】−帝都大学への数学− 関連ページご案内
本サイト上でも一部ご覧いただけます
●「帝都大学への数学」実践資料編
- 資料001 因数の頭に解宿る
- PDF135ページ
- 「式の展開・因数分解は数学センスの宝庫」を本格マニュアル化したものです。
- たたき台となった「式の展開・因数分解は数学センスの宝庫」のhtmlページはこちら
- 式が自由自在に操れなければ、どの単元に進んでも消化不良で終ります。
- 数学苦手のお子さんでも、式を自由自在に操れる可能性を開く渾身の資料です。
- 資料002 三角関数はじめの一歩
- PDF90ページ
- 【buy恩人】でのhtmlページはありません。
- やたら公式が多いようですが、意味を理解していれば覚える公式はほんのわずか。
- イメージを通して、三角関数への苦手意識を吹き飛ばしてくれることでしょう。
- 資料003 京都大学2008年数学入試問題着眼ノート
- PDF25ページ
- 「京都大学2008年数学入試問題着眼ノート」のhtmlページはこちら
- 京都大学2008年数学入試問題から着眼点と脳細胞の働かせ方の解説書です。
- 「京都大学なんて・・」と思っているお子さんも、「ひょっとして僕にも・・」
と思っていただけることと思います。 - 考える基本さえ身につければ、思っているほど大したものではないことを感じることが
大切です。 - 資料004 京都大学2009年数学入試問題着眼ノート
- PDF29ページ
- 京都大学2009年数学入試問題から着眼点と脳細胞の働かせ方の解説書です。
- 「京都大学なんて・・」と思っているお子さんも、「ひょっとして僕にも・・」
と思っていただけることと思います。 - 考える基本さえ身につければ、思っているほど大したものではないことを感じることが大切です。
- 資料005 知っ得で知っ解く二次関数(放物線)
- PDF48ページ
- 【buy恩人】でのhtmlページはありません。
- 二次関数(放物線)は数学では大黒柱。他のあらゆる問題にも常時絡んできます。
- 数式とイメージを鳥瞰し対応させることによって、二次関数の正体はくっきり見えてきます。
- 資料001h 2008年公立高校数学入試問題解説
- PDF35ページ
- ガリレオ先生のなぐり書きを正式にワードで編集しました。
- 公立高校入試問題から着眼点と脳細胞の働かせ方の解説書です。
- 二次方程式に見せかけた整数の問題や「余りの時計」で説明できる最終問などを
面白く分かりやすい切り口で解説。
●「数学脳への導火線」編
- 第1話:論理を組み立てる脳細胞最前線
- PDF7ページ
- 脳細胞の働かせ方をなぞってみてください。それが訓練です
- ここでは書いていませんが、「ハノイの塔の問題」なども
有効な訓練になると思います - 小学生から読めます
- 第2話:素数さんざめく宇宙への旅
- PDF17ページ
- 数学も文学になります
- 小学生から読めます
- 第3話:完全数・婚約数・友愛数
- PDF20ページ
- 数学も文学になります
- 小学生から読めます
- 第4話:フィボナッチ数列&リュカ数列〜フィボナる・リュカる〜
- PDF40ページ
- 「フィボナる・リュカる」のhtmlページはこちら
- 探偵ガリレオで有名になった数列を楽しんでください。
- 大学入試にもなにげに出題されてきた数列です。
- 漸化式のトリックが分かれば、苦手な数列も一挙に興味深いものに変わります。
- 高校生から読めます
- 第5話:親子で楽しむインドの算数 14P
〜小学生から読めます〜 - PDF14ページ
- 小学生から読めます
- 第6話:丸竹夷二押御池:場合の数とは?
- PDF14ページ
- 小学生から読めます
- 高校生も復習を兼ねて読み返してください
- 第7話:モデル化:要点を抽出し、可視化すると
- PDF9ページ
- 「ケーニッヒスベルグの橋の問題」を題材に、要点を点と線で
モデル化することで徐々に問題が鮮明化する体感を味わってください。 - 小学生から読めます
「帝都大学へのビジョン」完全版は
←【buy恩人】適齢期認証経由サービスでご提供されます。
「帝都大学へのビジョン」サンプル閲覧及びご購入は
←「帝都大学へのビジョン」事務局ページへ
【buy恩人ガリレオ先生】お勧め書籍
【buy恩人】さんがきっかけとなり、知らぬ間に「帝都大学へのビジョン」という形として、
友人とともに勉強法の真髄をまとめる形になりました。
教え子たちへの資料をもっと多く残していれば、より早急にまとめ上げることもできた
のでしょうが、成績を伸ばす上でのポイントと最も重要な高校数学の大基本の部分の
ポイントを再現することがようやくできたと思っています。
さらに、今後も1つずつ新たなテーマを追加してまいります。
ただ、僕は「勉強法」を学ぶと同時に、
大いに読書をしていただきたい
ということを伝えたいと思います。
はっきり言いまして、ただ勉強してきただけの方と広く読書をしてきた方とでは
人間の幅というか拡がり・重さが全く違うように感じられます。
実は、「帝都大学への数学」もシミュレーションしていただくことが最大の
目標ではありますが、僕としては、数学と言えども如何に「読み物」として
書けるかが究極の課題だと考えています。
ともかくも、勉強法に関しては、「帝都大学へのビジョン」という形に収束しましたので、
【buy恩人】さんのサイトでは、少しずつ僕が若い頃に読んだお勧めの書籍や
読んでほしいなと思う書籍を少しずつ散りばめていきたいと思っています。
まず、第一弾として、やはり広中平祐先生の「生きること学ぶこと」を、
保護者のあなたも含めてお勧めしたいと思います。
働くことや生きることへの意味付けが軽薄にさせられがちな社会においても、
何物にも流されない本来の自分の要求を支柱として認識していることは
生きる上でとても大切なことだと思うからです。
幸いにも、昨日のNHKで「社会のために役立つ仕事がしたい」という
思いの方が多勢を占めているとの調査結果をふと目にしました。
人は、本当に切羽詰ったときに原点に帰るということであれば、
「この未曾有の不況も反って良かった」という結果に繋げるように
したいものです。
「何故、勉強するのか?」
生まれし者なら例外なく通ってくる道なのですから、
自分と向き合い考えるきっかけとして、よろしければご一読ください。
【buy恩人ガリレオ先生】学習法マニュアル考
■勉強法・学習法マニュアルに関する僕の考え方
子どもたちが伸びるには、さまざまな契機が必要である。
人から見れば「そんなことで・・・」というような意外なことで急に伸びる場合もある。
どうしても伸びない子どもには、こういったマニュアルが刺激になることもあるだろう。
そのことを僕は否定はしない。
しかし、それでも伸びない場合もあるかもしれないことも確かだ。
極端な話、福山雅治さんの「探偵ガリレオ」を見て、
急に物理を勉強しだした女子学生もいるかもしれない。
きっかけとはそんなものだということを僕は知っているつもりだ。
どこにきっかけが潜んでいるのかは分からない。
しかし、その子が伸びるための解は、性格・知能などを論理的に突詰めれば
必ずあるはずである。
ただ、人間の心を全て数値化することが難しいということだ。
そして、そのきっかけに幸いにも出会えることが出来れば、
あとは自力で成長していけるだろう。
最初から自力で成長できる子には全くマニュアルは必要ない。
むしろ害ですらあるだろうと僕は思っている。
しかし、自力で動き出せない子には、自力で動けるための外力を与え、
可能性をより多く模索するという点でムダではないだろう。
人間にも「慣性の法則」は当てはまるのだ。
■一口知識
TV放映のガリレオ先生のなぐり書きを見ていると、さかんに∂f/∂tという形が出てきますね。
これは、偏微分方程式といわれるもので、fという関数はtとx,y,・・・という複数の変数によって
規定される関数の場合に、t以外の変数は固定として(すなわちtだけを変化させた場合)にfが
どのように変化するかの割合をt→0として求めるというものです。
君たちが学校で習っているdx/dtという形の微分は変数が一つの場合の微分で、
常微分方程式と呼ばれます。
【buy恩人ガリレオ流】−帝都大学への数学−で、数学センスを養って君も帝都大学へ!
【buy恩人ガリレオ先生】私立文系数学選択に関する所感
受験科目として数学不要(選択科目)にしている私立大も多いですね。
受験生のニーズに応えたものとか・・・。
少子化に加え、大学数の激増と言う状況から、経営的に、受験生のご機嫌
を取らなければならないという事情が大きく横たわっているということかもしれません。
また、世の中全体が虚業化する中で、極端に言えば、論理力より
「ガメツサ力」であるという風潮が追い風となっている背景も無視
できず拍車をかけているような気もします。
その一方、様々な論議もある中、社会人の方では、
「もっと勉強しておけば良かった科目」として数学を挙げておられる方の
割合は非常に高いように見受けられました。
数学なんて生きる上で必要ないと思っていたけれども、
仕事する上で、筋道を立てて黙々と問題を解決してゆくというプロセスが
まさに数学だったんだと感じておられる方もお見受けしました。
まぁ、生活する上で最低限必要なものと言えば、言葉や四則演算や
日本に関する常識とモラルぐらいしか実際にはありません。
そう考えれば、「数学なんて必要ない」は、「歴史なんて必要ない」、
「地理なんて必要ない」と同じ位置にあると思うのですが・・・。
もっと言えば、常識以上の学問なんて必要ないということになります。
もし、必要とか必要でないとかの基準で考えるなら、数学だけが標的に
されるものではなく、中学校以上の勉強全体が不必要ということになっても
おかしくはないでしょう。
私自身の意見を述べれば、正直な話、数学を外す発想自体が愚考だと考えます。
逆に、理系から社会科を外すというのも同様に愚考と思うわけです。
理系バカと同じように文系バカを生産することも好ましいことではないと考えています。
私自身は国立だからかもしれませんが、多くの文系の友も普通に数学も出来ていましたし、
同様に、社会科学にも興味を示す理系の学生は、確かに少なかったかもしれませんが、
人間としての幅が違うと感じたのは私だけでしょうか?
それに、性格の異なった主要な勉強の一つを外してしまうのは如何なものか?
と疑問に思うと同時に、選択にしてしまうとどうしてもフェアーという面での
問題も付きまとってくると思うのですが・・・。
私たちは何もかも全てを深く学ぶということは出来ません。
最低限必要な母国語ですら、知らない言葉を山ほど残して一生を終えていくものです。
一つのことだけを極めようとすると、それだけで一生を費やしてしまうことになります。
ですから、必要性や自分の要求に応じて、人にはそれぞれ自分のテリトリーという
ものを徐々に形成していきます。
文系には文系のテリトリーが、理系には理系のテリトリーが自然に形成されていきます。
まぁ、専門分化ということになるでしょうが・・。
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ですが、「広く学ぶ」ということにはそれなりの意義と意味があるはずです。
と言うか、あります。
まず「広く学ぶ」ということの重要性は、一つには人間が社会的生き物である
という点から考えなければならないと思います。
それは、自分以外の他のところで、誰かが汗を流して社会を支えているという
イマジネーションが非常に大切なことだと思うからです。
私たちは、たいていが「自分ひとりが偉い」とか「自分のテリトリーこそが
社会を支えている」かのような錯覚に陥りがちです。
しかし、例えば、多くの人に嫌われる「数学」や「物理」を誰もが勉強して
こなかったとすれば、文化生活と呼ばれる私たちの現在の生活は、
とうていあり得なかったことでしょう。
そして、この近代的な生活そのものが、私たちの大半にとっては心地よさという
大きな恩恵を与えているという事実があります。
もちろん、恩恵だけではなく、このこと自体がもたらす弊害という部分にも
目を向けていかねばならないことは当然ですが、それもまた違った側面からの
科学ということになるのでしょう。
こういった意味で、嫌なことからは逃げ回るという姿勢からは、
自分のテリトリーとは違った世界に対する想像力を鈍感にしてしまいますし、
ひいては感謝という念を喪失してしまうことに繋がりかねません。
「広く学ぶ」ということの意味の一つは、こういうところにあると私は考えています。
そして「学ぶ」ということ自体に関して言えば、生きる意義そのものが「学ぶ」
ということではないかと思うわけです。
仕事に就く上で必要だったにしろ、ただ単に「学ぶ」ことが面白く
感じられるからにせよ、そこには、一人の人間として向上していくという
共通のベクトルがあります。
必要であるとか必要でないとか以前に、向上する気持ちを持ち合わせれば
自然に勉強はするものですよね。
なにも学校で習う勉強だけが「学び」ではありません。
「もっと数学を勉強しておけばよかった」と思われた方は、
上のように実際に仕事をする上で感じられたのかもしれませんし、
仕事には必要な能力とも思えないけれども、人生を味わう中で
純粋にもう一度やり直したいと思われたのかもしれません。
何の得にもならないことでも、何かを知る、何かが分かる
ということ自体がそれぞれの人生に幅を持たせ、充実感をも与えて
くれるものではないでしょうか?
昔の純文学でも、その中には科学の話が出てきたり、
数学の話が出てきたりします。
文学者や作家と言えども、専門外の勉強も興味があったのかもしれません。
ここで数学に話を戻しますと、数学は、
確かに「筋道を立てて問題を解決していく能力」という力を育んでくれる
格好の素材でしょう。
論議の発端となったジャーナリスト千野信浩さん
は下記のように書かれていました。
話を聞いたある私立大の歴史の先生は、
「論文を見れば数学をやってきた学生かそうでないか、一発で分かる」
と話していました。
数学を勉強してきた学生は、論理的にものごとを
積み上げていく習慣がついている、という訳です。」
「企業側に根強い旧国立大人気には、文科系でも数学をやってきたか、
論理的にものごとを考える素地があるか、理科系でも歴史や国語の素養が
あるのかが明らかに影響しています。」
この言葉からは、明らかにバランスがとれて且つ優秀な人材を企業は
欲している様が伺えます。
少なくとも実業を営んでいる企業であれば、製造業であれサービス業であれ
当然の要望でしょう。
また、Z会の方が、仰っていましたが、いわゆる「学歴優遇」とは別に、
「数学選択優遇」は就職の際に確かに存在すると・・。
「数学不要で有名じゃん」と思われた瞬間、「すでにその希望者に
備わっている能力」としては1つのマイナスポイントとなる。
ということが書かれていました。
私が企業の人事担当者であれば、当然同じ視点で選抜していくだろうな
とは思いましたね。
数学の選択の可否自体ではなく、どうしてもその裏にある
「いやなものから逃げる」という点や、「根気よく論理を積み重ねる能力に劣る」
という点を本質として抽出してしまいますから・・・。
「学ぶ」ということは、自分以外の他の分野の営みに対する想像力を育むという
側面と、自らの営みや人生を向上させるための栄養素となっているという側面で
見つめなければならないとに私は考えています。
即物的な必要性から論じてしまうこと自体が貧しさの象徴のように思えます。
