「命を惜しむ思想」〜土佐のいもほり坂本龍馬〜
昨年2009年の暮れから大河ドラマ「龍馬伝」の話題がすごかったですね。 福山雅治さんが演じることで大いに盛り上がったのだとは思いますが・・・。 書こうと思いながら、なかなか時間が取れないまま書けずにいたことがあります。 私は「龍馬伝」を観ることもなく、どのあたりまでドラマが 進んでいるのかも知らないのですが、龍馬が土佐の芋ほりを自認するなら、 【buy恩人】としてはネットの芋ほりを自認するのも悪くはないのかなと・・・。 かなり昔の話ですが、歴史学者であり現在は早稲田大学の名誉教授であられる 鹿野政直先生が朝日新聞に寄稿されていた「命を惜しむ思想」をおぼろげながら 思い出していました。 「武士道とは死ぬことと見つけたり」が当たり前のこととして精神的土壌に 流れていた時代に、龍馬は「命を惜しむ」という倫理感を発露した先陣であり、 言わば【生命賛歌】の産声を上げた先陣を切ったと言えるのですが、精神史と して見ると、それとて決して自覚的な産声・積極的な産声として上げられた ものでもなかったといったような趣旨だったと記憶しています。 -------------------------------------------- 私しをけしてながくあるものとおぼしめしはやたいにて候 然に人並のように中々めったに死なうぞ死なうぞ。 私が死日は天下大変にて生ておりてもやくにたゝず、 おろんともたゝぬようにならねば、中々こすいいやなやつで死はせぬ。 -------------------------------------------- 目的を成し遂げるまでは死ねないという、今では自然に理解できる精神が、 その当時の封建体制の中ではあり得ない精神構造だったということですね。 「命を惜しむ」などとは女々しいと思われること必定の中において、このような 感情を発現させること自体が、なかなか勇気のいることだったのかもしれません。 が、このことに関しては、私も、若い頃に感じた感覚と年を重ねて来た今感じる 感覚とはかなり相違するように思われます。 若い頃は、龍馬をして「命を惜しませた」大義というものに対する畏敬の念は もちろんのこと、世の常に歯向かうというカッコよさに憧憬する感情とともに、 いざ自分に出来るかと問うたときに、その決断力や勇気を想像するにつけ、 何とも敷居の高いことだという近寄り難い気持ちを伴ったものだったと思います。 が、龍馬にしても、本人にしてみれば、走り出したらその勢いで宿り、強化 されていった精神であって、勇気というよりも、むしろ、ごく自然な精神萌芽 だったに違いないのではないかという気が今では強くしている自分があります。 「自覚的・積極的な叫びではなかった」という論理は、目的完遂のための 「命を惜しむ」であって、己が精神的要求から発露したものでないという意味 以上に、何らかの呪縛から飛び出して、自由に動き出してしまった者には自然 発生的に宿るような類の精神構造だったのではないかという思いがするわけです。 世の尺度と相容れない尺度で考え行動することは、ひとえに「孤独」という 最も辛い一点に負の凝集をしてくるという点で大変なことではありながらも、 一旦動き出してしまえば、第三者からみれば楽観的とも思えるほどに、 自然発生的なパワーによって突き動かされていくという点があると思えるのです。 -------------------------------------------- 然に土佐のいもほりともなんともいわれぬ、いそうろうに生て 一人の力で天下うごかすべきは、是又天よりする事なり。 こう申てもけしてけしてつけあがりはせず、ますますすみこうて、 どろの中のすゞめがいのように、常につちをはなのさきへつけ、 すなをあたまへかぶりおり申候。御安心なされかし。 -------------------------------------------- 私は、この姉の乙女に宛てた手紙の最後の文面がとても気に入っています。 龍馬という人間の使命感や謙遜とともに、こすさなどの人間臭さがごった煮 のようにミックスされて現れているような気がしています。 さて、龍馬が「武士道」に逆らい、「命を惜しむ」という生命賛歌の叫びを上げたことは 現代ならば、どういうことが当てはまるのでしょうか? 今、誰もが共通に縛られている呪縛といえば、 やはり「お金」というものになるのでしょうか。 お上が先頭に立って「経済成長・経済成長」などと声高に叫び続けてきた中で、 「経済成長なんかしてどうするの?」なんて思っているポイントに、龍馬の 「命を惜しむ」と相応するひとつの形があるのかもしれないと思ったりしています。 特に、この10年は無節操な「経済成長」を軸とした規範が、一般社会の裾野に おいては、「勝ち組・負け組」などという言葉に代表されるような尺度として 多くの人々に無自覚に設定されてしまったという感が拭えません。
「心の命を惜しむ思想」〜ネットの芋ほり【buy恩人】〜
「経済成長」も良いベクトルを持っている内は、それはそれで素晴らしいことでしょうが、 昨今のように閉塞した状況になってくればくるほど、全体が経済成長しなくても 自分だけは経済成長しなければならないという脅迫概念に駆り立てられ、 何をしてでも自分だけは経済成長をという道を突き進むベクトルに向きが変わってきます。 このベクトルの変化は、否応なく「心の命」の変化を道連れにせずにはいられない という性質を持っているように私には見えます。 「勝利道とは心を死なしむことと見つけたり」 これが、現代における精神規範の流れとなっていると見ることに対しては、 誰しもが、そんな後ろめたさを感じる規範に決して毒されてもいないし、 認めたくもないという心象で反応されることだろうと思います。 しかしながらも、決して大げさではないという風景が、現実社会・ネット社会に 関係なく溢れかえっていることからも、中らずといえども遠からずと私には思えます。 くしくも、先日、松平勝男さんとメールの遣り取りをさせていただき、 「人の涙を生活の糧にするような人間になってほしくない」という 松平さんが持っておられる願いをお聞きしたばかりでした。 松平勝男さんも、全ての方に対してと同時に、特に法律関係に進もうとする方たちへの メッセージとして強調されていましたが、私としては、節操のない経済成長という理念は 詰まるところ「人の涙を生活の糧にする」ところにまで侵食してくるのではないかという 予感として誰しもが肝に銘じておきたい言葉だという意味で紹介させていただきます。 そして、まさしく【buy恩人】としての出発点もここにありました。 情報バブルと言われた時代には、「人の涙を生活の糧にするような人間」が 溢れかえっていたわけで、あまりにもの酷さとともに、真摯な活動をされて いる方も少数ながらお見受けしたことにより、せっかくのインターネットの利点を 「人の涙」を食い物にする勢力によって亡きものにされるのはあまりに悲しい。 そんな思いがありました。 【buy恩人】は、どう転んでも「経済成長」という規範主体を確立できませんから、 現実的には経済という枠組みの中に組み込まれながらも、精神だけは自由気ままに 振る舞えるという感覚を持って【buy恩人】の運営をしています。 ですから、人間龍馬に重ね合わせると、龍馬の「命を惜しむ」も決して歯向かう などという大それたものではなく、意を決するほどのことでもなかったのではないか という感覚を持ってしまうわけです。 人間なんて、所詮そんなところじゃないのかと思ったりもします。 歯向かったら歯向かったところに居心地の良さがある。 むしろ、歯向かわない方が自分の居場所を見つけることができなかったりする。 さて、このような精神状況の中で、消費する側にとっては ・何を信じてよいのか? ・信じれるものが果たしてあるのか? ・どうやって、それを見極めていけばよいのか? 【buy恩人】は、敵を倒す「戦争の論理」ではなく、敵を自滅に追い込む「文化の論理」 にしか人間が選ぶべき道はないと考えていますので、その一翼を担うことしか 手段は思いつきません。 そんなわけで、芋を掘るように2年半に渡って情報商材を掘ってきた【buy恩人】 ネットは現代における呪縛の風景が一望できる絶好の展望台である ということをしみじみ感じずにはいられません。 言い換えれば、 ネットは、「心の命」のベクトル変化を最も世俗的な姿として誰でもが眺望できる場所 ということになるでしょうか。 と言っても、何もネットが特殊世界だと言っているわけではなく、 むしろ、ネットは現実世界の写像により近づいて来ていると認識しており、 ただ、現実世界では広く人の生業を眺望できる場がないということに過ぎないだけの相違です。
消費者・・・何を信じてよいのか?
消費者として一体何を信じてよいのか? 絶好の展望台から眺めてきた【buy恩人】なりに書き綴ってみると、 最後は、そこに関わっているいる人間の「ひととなり」「品格」とういう 抽象的な言葉にしか行き着かないというのが正直な結論です。 ■PRは信用できない=販売元は信用できない ・誇大広告の氾濫(商品の品質ではなく販売技術の巧妙さで売る) ・口コミ・声のねつ造(ビジネスとして商品化されたものから捏造まで) ・「科学的」なる言葉の大安売り 科学者でさえ「真に科学的かどうか?」で苦闘するものです。 商売人が何の根拠もなく「科学的」と接着剤で引っ付けているだけの場合も多いでしょう。 ・他愛もない嘘を超えた許せない嘘も感じることが多い [結論]よほどの多面的な調査をしてすら見破れない場合があります。 が、過去の犯歴とも言うべきものがあれば大いに参考となります。 また、全体を見渡すと書き手の魂がクッキリ浮かび上がるときがあります。 いくら良いことが書いてあっても、販売ページの内容だけで判断はできません。 ■口コミは信用できない ・サクラを使っての書き込みや利害関係を同一にする者の書き込みは日常茶飯事です。 ・逆に、ライバルを貶める妨害的な誹謗・中傷も必ずあります ・巧妙な手口もあります。 (詳しく書くと、その手法が常套手段化するので書きません) [結論]これをある程度でも見極めるには玄人でも難しい場合がある。 ■レビューは信用できない ・商材を買えば元を取りたいから、たいてい嘘のレビューをします ・購入していないのにしたかのようにレビューする場合も多く見られます ・ダイエットなど何度も実践してその度成功してたら体重zero?の不思議 (名前を変えて違うページで別人としてレビューする賢さに進化しています) ・99%が販売元のコピペ(口コミまでコピペ) ・そもそも他人のレビューが正しいとして、あくまで参考でしかない ・口コミ・レビューなどと謳いながら、全くその要素のないページも多々ある ・口コミをクリックしたら販売ページに飛ばされるなど悪質な手法も多い [結論]検索しても、目に留まる95%以上は上記のどれかに相当することでしょう。 ■著者・推薦者は信用できない ・著者が著名人だからといって信用できない ・推薦者が著名人であるからといって信用できない ・「著名人であること」と「人間の品格」とは同値ではない ・ビジネスとして名義貸しをしている著名人の場合、 どれほどの社会的責任を自覚しているのかは不明である ・名もない個人だからといって信用できないわけではない ・が、名もない個人には、とんでもない輩も多い [結論]著者のスピリッツや品格を汲み取るには販売ページしかないので、 著者と販売元が違う場合にはこれを掴むのは非常に困難である。 一方、著者が自分で出されている場合には、著者の人となりは 販売文からかなり汲み取れますが、それを見越した巧妙な場合もある。 対面でしか見破られないようにまで巧妙に化ける文章術を持す 場合、これを見破る予防術はないだろう。 では、そんな中で、何が最も信頼に足る参考になるのでしょうか? 結論から言えば、 「人間の嘘と恣意を極力排除することによってしか、真実には近づけない。」 という言葉で括られると考えています。 具体的に言うと、 ・基本的には大数の法則が適用できるぐらいの統計データを主基準としながら ・はっきりと利害関係のない第三者と分かる方の口コミを見分ける術によって より確度の高い参考とするしかないのではないか? 人間は多かれ少なかれ嘘をつきます。 やさしい嘘・許せる嘘・許せない嘘・・・・ 販売ページの言葉や内容だけでは、とてもその嘘の程度を判断するのは困難です。 これは、【buy恩人】のそもそものスタートラインの理念と何ら変わることはありません。 【buy恩人】のアンケート良好率及び【buy恩人】の分析コメントが、commonの判断材料 としては、最も参考に足るかと考えております。 【buy恩人】無料レポート「選別る(える)」(PDFファイル)も、 ここで記載したことを含めまとめ直さねばと考えています。 最後に、【buy恩人】として最も危惧しているのは、 一個人の中での生産者としての立場と消費者としての立場の乖離ということです。 月曜日から金曜日までは「人の涙を生活の糧にし」、 土曜日と日曜日は「人の涙を生活の糧にするな!」と怒りをあらわにする ような自己矛盾への鈍感化が常態化しないことを切に願わずにはいられません。
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まともな口コミサイトは皆無だからと、【buy恩人】の初期評価を参考にしていただくことは
大変、嬉しくありがたいことなのですが、総合的な予測判断では一日の長がある【buy恩人】
の代表者ですら、この段階では騙されたケースもチョクチョクあります。
ご自身の目で確かめ、ご判断くださいませ。
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